STツムジです。「食べる」「話す」リハビリ専門職です。
平均して月に10冊程度小説を中心に読んでいます。
オススメの介護や医療関係の小説をご紹介しています。
数十年前なら、70代で亡くなっても、ちょっと早いけど寿命なら仕方がないねと思えていたものが、近年、90代でもまだまだ早いとおっしゃる家族が増えてきたように思います。
健康な状態での長生きなら歓迎するところですが、意志の疎通がはかれない状態でも、医療の力を借りることで命を長らえることが可能になっていて、考えさせられることが多い日々です。
この小説の主人公の父親は、度重なる脳梗塞の後遺症で全く意思疎通ができない状態で、のどに痰をからませながら施設で生きています。
「サイレント・ブレス」 南 杏子 著
現役の医師が書く終末期医療のお話で、6作が独立しながらも少しずつ関連し合っていく連作短編スタイル。
一部、謎解きというか、ミステリー要素もあり、一気に読み進めました。
著者は南杏子氏、一般大学→出版社勤務→大学医学部に編入→大学病院の老年内科勤務→スイスへ転居→帰国し都内の終末期医療専門病院に勤務、という変わった経歴の持ち主。
本作は著者のデビュー作だそうですが、自然に読ませる文章を書かれます。
サイレント・ブレスとはどういう意味か、プロローグ前の著者のことばです。
サイレント・ブレス
静けさに満ちた日常の中で、穏やかな終末期を迎えることをイメージする言葉です。
多くの方の死を見届けた私は、患者や家族に寄り添う医療とは何か、自分が受けたい医療とはどんなものかを考え続けてきました。
人生の最終章を大切にするための医療は、ひとりひとりのサイレント・ブレスを守る医療だと思うのです。
著者
「サイレント・ブレス」 あらすじ
主人公の水戸倫子(りんこ)は大学病院の総合診療科にに勤務する医師。
患者の話をよく聞き、丁寧な説明をして時間がかかるために、要領が悪いと周囲から思われている。
ある日、上司の大河内教授に呼び出され、一方的に異動を言い渡される。
倫子は左遷だ、それ以下だと落ち込むが、大河内教授の「医療現場に貴賤はないよ」とのことばを心外に思い、異動を受け入れる。
異動先は「むさし訪問クリニック」。
クリニッの常勤スタッフは倫子と、看護師のコースケ、事務の亀ちゃんだけ。
訪問をして診察をしてみて、倫子は思う。
「生活の困難さと病気の境界がはっきりしない。純粋に病気だけを相手にしていた代諾病院とは勝手が違う」
ガン末期でありながら、抗がん剤の治験を拒否し、退院した家でたばこを吸い続ける女性患者。
関係を築いていくなかで、患者は「たばこをやめれば私の癌、発育は遅くなるの?」とたずね、「データはありません」倫子は答え、たばこを吸うことを認める。
次第に進行していく病状。
患者の元をたびたび訪れる謎のスキンヘッドの男性は誰なのか?
若い筋ジストロフィーの患者は人工呼吸器を使用している。
母子家庭で生活保護を受けている。
積極的に患者に関わろうとしない様子の母親。
ある日、患者からの電話で駆けつけると、人工呼吸器が動いておらず…。
いったい、患者に何が起こったのか?
こういった5つのストーリーに倫子の父親のエピソードが挟み込まれます。
一人一人、病状も事情も異なる、患者たちを看取ることで、自分の父親への想いが変化していく倫子。
ストーリー7、倫子は、病床の父親にどういう決断をするのか?
「サイレント・ブレス」感想&共感ポイント
3つめのストーリーの患者は80代。
介護する娘は「ちっとも食べなくなった」と心配しているが、患者は言う。
「勘弁して。とうに八十歳を過ぎたんだから、食べるのも休むのも好きにさせて。それでお迎えが早く来ても構わない」
倫子が胃ろうの提案をするが、「もう無理に生きていたくない。胃ろうは嫌だ」と訴える患者に娘は本人の意思を尊重することにする。
そこへ、離れて暮らす息子が突然やってきて、胃ろうを強く勧め…。
小説では息子のような存在を『罪滅ぼし家族』と表現しています。
「長く不義理を重ねていた家族が妙に張り切り、それまでの治療方針を覆してしまう」こと。
時間をかけて、築いてきた治療方針を一瞬で覆す、第三者の存在。
そういう存在は、介護に手を出さないから患者の普段の様子を知らず、患者の懐事情を考慮しない上に金を出さず、自分の主観で口だけ出してきます。
こういった存在に振り回されるのは、医療・介護の世界では実はあるあるでしょう。
このストーリーには幸せな「お食い締め」の様子が出てきます。
嚥下食の寿司の記述がすばらしいです。
テーブルの上にある寿司下駄には、茶さじがずらりと並んでいた。さじの部分には、色とりどりのハーフサイズの握り寿司が載っている。
(中略)
普通の寿司とは違い、口の中でネタとシャリがほろほろと崩れていく。だが味は食べ慣れた江戸前のそのもので、醤油やワサビの味もちょうどよく広がった。
(中略)
シャリの部分には米粒がなく、きれいにすりつぶされている。ためしに白い部分だけを口に含んでみると、ちゃんと寿司飯の味がついていた。
マグロはたたき状になっており、その上にワサビが小さく載せられていて醤油がかかっている。ガリは見た目はガリそのものなのに、口のなかでちゃんと溶ける。すり下ろして再び成形したのだという。
お寿司のムース食についてはこちらでも紹介しています。
試食させていただきましたが、非常においしかったです。
まとめ
文庫本では「サイレント・ブレス 看取りのカルテ」と副題がついているようですが、たんなるお涙頂戴のストーリーなのではと思って読むと、いい意味で裏切られます。
ミステリ―要素が本編にうまく溶け込んでいる構成が巧みで、ぜひ続編が読みたい!!と思いました。
主テーマである、終末期医療にもがっちりと取り組んだ良著です。
そろそろ、終活を意識し始める世代から、親の介護を意識し始める世代まで幅広い世代に読んでいただきたいですね。とりあえず、個人的には父にススメてみます。この本が家族でどういう最期を迎えたいかを考え、話し合うきっかけになったらいいなあと思います。
「サイレント・ブレス 看取りのカルテ」副題がついて文庫本も出ています。
電子書籍もありますよ。
コメント
[…] 「サイレント・ブレス」あらすじ&感想 どんな最期を迎えたいかを家族で… […]