ALS初期に関わるリハビリ職が最優先すべきこと 胃ろう・人工呼吸器の意思決定を支えるために

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難病

STツムジです。言語障害や嚥下障害のある方のお宅を訪問している言語聴覚士です。

 

私は以前勤めていた病院、現在勤める訪問看護ステーションで、ALSの利用者さんを担当してきました。

神経疾患を主にみているような病院に勤務している方に比べれば、担当数が突出して多いわけではないですが、ALS利用者さんが在宅で過ごした5年間以上、亡くなられるまで毎週訪問で関わらせていたただいたことは何物にも代えがたい貴重な経験だと思います。

職種を問わず、同僚や後輩から、ALSの方への関わり方やリハビリテーションについて、相談を受けることがあります。

 

先日、後輩の言語聴覚士、松田さんからの相談を受けました。

担当しているALSの利用者さんなんですが、今はまだ食べられるし、話せるし、言語や食事面で困っていることはそんなに無いんです。でも、これからどんどん病気は進んでいくんですよね。初期の今のうちにしておくべきことって何ですか

この質問、実は何度も受けたことがあります。

 

ALSと診断され、早期に在宅でのリハビリテーションが開始されるケースが増えています。

言語療法が始まったものの、ALSの初期では多くの場合、まだ「食べられる」「話せる」状態にあります。
(球麻痺型だと、発症早期に言語障害や嚥下障害が出ている場合もあります)

 

今回は「ALS初期にST(言語聴覚士)が何を最優先すべきか」について。
自分の経験から感じていることを書きたいと思います。
PT・OTや看護師、介護職の方々の参考にもなるのではないかと思います。

 

ALS初期に最優先すべきこと

先ほどの質問をした後輩の松田さんにたずねました。

ALSの初期にしておくべきことは何だと思うの?

胃ろうを作るか早く考えないといけないし、しゃべれなくなったときのコミュニケーション機器も今から決めておきたいし。呼吸器をどうするかは先生から説明もされていないみたいなんですよ。

なるほど。よく勉強しているね。胃ろうもコミュニケーション機器も人工呼吸器もALSの方にとって、全部大事だもんね。

 

胃ろう?コミュニケーション?人工呼吸器の意思決定?
さあ、STとして何を優先すべきでしょうか。

その前に確認しておきたいことがあります。

 

利用者さんは発症してどのくらい経つの?

よく物を落とすようになったのは1年ほど前らしいです。

ALSと診断がされたのはいつ?

先々月の初めだと聞いています。

まだまだ最近だね。病気の受容(受け入れ)はどんな感じかな?精神状態は安定している?

受け入れですか?先生から説明されて病気の理解はされているようには見えます。でも、ご家族の話だと、人前では涙は見せないけど、夜布団のなかで泣いているみたいで…。

まだちょっと受け入れているとは言えない様子だね。混乱している時期だと思うよ。今はどんな練習をしているの?

それが…練習らしい練習ってあまりできていなくて。本人の訴えを聞いていると時間が過ぎてしまって。その合間に、落ち着いているときがあれば、口腔顔面の運動や発声練習を試みています。

ご本人の訴えはどういう訴え?

何でこんな病気になったんだろうとか、何もする気が起こらないとか、家族に迷惑かけるのが嫌だとか、そんなことをよく言われます。

なるほど。そういう訴えがあったときに、松田さんはどうしてるの?

どうしていいかわからないので、僕はひたすらに「うんうん」とうなずきながら聞いてるだけです。このあいだなんて、話しながら泣かれてしまって、本当に困りました。

それでいいよ!松田さん、いいリハビリしていると思う。

え?何がいいんですか?

家族だからこそ、弱いところを見せられない方がいます。
経験上、発症まで家族の中心にいて、家族を支える役割を担ってきたタイプの方に特に多いです。

利用者さんは、松田さんを自分の気持ちを受け止めてくれる存在と認識している。利用者さんが自分の気持ちを吐き出して、涙を流してくれるということは、信用し始めている、信頼関係を築き始めている証拠です。

その点で、松田さんはいいリハビリをしていると言えます。

私が考える、ALS初期に最優先すべきことは

利用者さんとの信頼関係をがっちり作っておく」ことです。

 

当たり前のことじゃない?
どの病気でも同じじゃない?

と思われるかもしれませんが、ALSには特有の事情があります。

 

ALSの胃ろう・人工呼吸器の意味

ALSでは球麻痺型であれば比較的早期に、それ以外の型でも嚥下障害は必ず起こります。

ALS患者の唾液処理

嚥下障害が進むと、食物が食べられない、飲み物が飲めない、だけではなく、唾液も飲み込めない状態になります。

ALSの唾液の処理については、持続吸引ポンプが有効なケースが多いです。

詳しくはこちらを参照ください。

よだれが出る!よだれが多い!困っているのは高齢者だけではない!よだれの原因と対策とは?
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ALS患者の胃ろう 栄養

ALS患者は病気が進むと、身体が動きにくくなって、ベッド上で過ごす時間が長くなり、一見すると運動量が減ってきているように見えます。

しかし、呼吸筋の働きが弱くなり、呼吸状態が悪化してくると、呼吸回数が増えます。

また努力呼吸になり、本来であれば使用しない筋肉を呼吸のために使い始めます。

心拍数も増えます。

そのため、ALS患者に必要な栄養量は、見た目の運動量より、ずっと多い

栄養手段の確保はALS患者にとって、非常に大切です。

 

ALS患者の胃ろう 増設時期

ALS患者の胃ろう増設で注意しなければならないのは、作るのに適した時期に作れるように支援すること。
胃ろうは栄養状態や呼吸状態が安定している早めの時期に作るべきです

 

以前に担当していたALS利用者さんの話です。

胃ろうを作ることを数か月間、悩まれました。
「作ります」と意思を決めたときには、病状が進んで呼吸する力もだいぶ弱っていました。

胃ろう増設の手術を受けてくれる病院はなかなか見つかりませんでした。
手術で全身麻酔を行うため、呼吸状態が一気に低下するリスクがありました。
低下した場合、人工呼吸器が必要となる可能性を医師から告げられました。

呼吸状態が悪化した状態で人工呼吸器がつけられれば、呼吸状態が戻らなければ、術後、人工呼吸器が外せなくなる可能性も出てきます。

その利用者さんはTIV(気管切開をして人工呼吸器をつけること)は希望されていませんでしたから、非常に悩まれました。

最終的には、リスクを負っても作ることを決め、手術は担当ケアマネージャーさんが所属する病院が引き受けて下さったのですが、ケマネージャーさんがかなり水面下で動いて下さったようです。

 

ALS患者が胃ろうを作るべき時期の目安が、「体重が病前に比して10%以上低下する前」です。

(難病と在宅ケア2016年2月号『ALSの進行 予後に何が影響するのか』より)

例えば、体重50㎏の方であれば、5㎏減少する前にということになります。

 

ALS患者の胃ろう 栄養以外の目的とは

胃ろうを作る目的は栄養手段の確保だけではありません。

ALS患者の3割しかTIVを選択しないのが現状です。

末期になり呼吸状態が悪化し、呼吸苦が強い場合に、鎮静する(薬で眠らせる)方法が取られることがあります。

末期がん患者に使用するモルヒネや、睡眠剤を使う場合があります。
モルヒネの量は末期がん患者が使用する、1/3~1/2程度。

薬を使用する際に、胃ろうがあると、薬の調整が非常にしやすいのだそうです。

 

胃ろうは単なる栄養手段でしかない思っていました。息がしづらくなってから苦しまないために胃ろうが役立つという発想はなかったです。

「苦しまず亡くなるために胃ろうを作っておく」イメージだね。昨今「胃ろうは悪」の風潮が広まっているように感じるけど、ALS患者にとっての胃ろうは一般的な老衰の胃ろうとは異なり、有益なものであると個人的には考えています。

胃ろうは延命処置だと考えて、人工呼吸器と同じようにしない人が多いのかと思っていました。

人工呼吸器はつけないけど、胃ろうはしますという方は何人も経験したよ。

 

ALS患者 人工呼吸器の意味

ALS患者にとって、人工呼吸器をつけるかどうかの決定は、生命予後を左右します。

端的にいうと、人工呼吸器をつけないと生きられない状態がやってきます。

自発呼吸が難しくなったとき、TIV(気切呼吸管理=気管切開をして人工呼吸器につなぐ)をすると、生命予後は平均7.8年伸びるからです。

 

胃ろうも人工呼吸器も、ALS患者が「どう生きるか」「どう亡くなるか」に関わってくる非常に大事な問題です。

 

ALS患者の意思決定支援のために

ALS患者の「胃ろうを作るのか」「人工呼吸器をつけるのか」の意思決定を私たちはそばで支援する立場です。

当然、その役割をSTだけが担うわけではないのですが、STは「食べる」支援を行う役割をしている以上、胃ろうについては特に密接に関わります。

 

コミュニケーションについても同様です。

TIVの選択をする、しないに関わらず、声が出づらくなったり、口唇や舌の動きが十分でなくなる前に、代償手段の導入を検討します。

代償手段にはローテク(書字、文字盤等)、ハイテク(レッツチャット・伝の心・オペレートナビ、トビーなどのコミュニケーション機器)があります。

いずれにしても、導入してすぐに上手く使いこなせるものではありません。

今の方法で意思疎通が難しくなり、代償手段が本当に必要になる前に、導入して練習をしておく必要があります。

 

「今はまだ話せるのに」という状態で代償手段の提案をすることになります。

「あなたはこれから話すのが難しくなるので、あらかじめ、違う方法を練習しておきましょう」という提案です。

 

ALS患者の意思決定を支援するうえで苦しいのは、意思決定するためには、病気が進行した自分の姿を利用さん自身に想像してもらわなければならないこと。

 

私たち支援者は、つらい現実をALS患者に突きつけなければなりません。

「あなたは今後、食べられなくなります」

「あなたは今後、話せなくなります」

「あなたが今後、自分で呼吸器ができなくなります」

その上で、「どうしますか?」とたずねなければなりません。

 

これは、利用者さんとの信頼関係がなければできることではありません。

私が「ALS初期で優先すべきただ一つのことは信頼関係をがっちり作っておくこと」と考える理由です。

 

シンプルなことだけど、ALS利用者さんがまだ話せる状態のときに、とにかくたくさん話をしておくことを勧めるよ。

わかりました。それは気管切開をすると声が出せなくなるからですか?

それもあるね。でも、気管切開をしなくても、呼吸状態が悪化してきたり、体力が低下してくると、落ち着いて話ができる機会が少なくなってなってくるんだよ。

これは、医療介護職だけではなく、ご家族・ご友人との関係においても同じだね。

 

ALS患者がTLSになったときの支えになるもの

最初に紹介した、亡くなるまで在宅で5年以上、毎週訪問をしてたALSの利用者さんとのエピソードです。

その利用者さんは、歩ける、話せる、食べられる状態でリハビリテーションを開始し、5年後にはALSの末期に見られる、ほぼTLS(Totally Locked -in State=完全閉じ込め状態)まで進行しました。

意図的に動かせるのは瞼(まぶた)だけ。
それも調子がいいときに、数回のみでした。

 

娘さんが熱心に介護されていました。
利用者さんのベッドのそばで、利用者さんの身体を触りながら、娘さんといろんな話をしました。
訪問中に娘さんを一度でも笑わせたい!と思って、それを目標にしていました。

利用者さんは目を閉じて眠っているように見えても、娘さんと私との話を聞いていてくれる確信があったからです。

 

私たちが笑っていると、「ああ今、利用者さんもいっしょに笑ってくているな」と感じることが何度もありました。

表情は変わらなくてもわかりました。
私がそれを告げると娘さんも「私もそう思ってました!」と言って下さいました。

「いっしょに笑ってくれてる!」は2人に共通の感覚だったのです。

 

この感覚は、長年かけて築いてきた、信頼関係があったから持てたのだと思ってます。

利用者さんがどのような方で、どのような話題が好きで、どのように笑うか、知っていたからこそですね。

ALS患者の末期を支えるにも、信頼関係は不可欠だと思います。

 

ALS初期に支援者が最優先すべきこと まとめ

ALS初期に最優先すべきことは患者さんとの「信頼関係を作る」ことだと考えます。

信頼関係が、意思決定の場面で、TLSになったときに、ALS患者の心を支えます。

利用者さんに信頼される言語聴覚士になれるようがんばりたいです。まずは利用者さんの話を聴いてしっかり受け止めたいです!

応援してるよ!ご家族やご友人を含め、利用者さんを多方面から支援できる環境が作れるとよいね。

 

ALS患者に関わる方には必読の書、バイブルです。

 

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