ツムジ@介護分野です。利用者さんのお宅を訪問しながら、飲み込みやことばのリハビリテーションをしています。
介護分野で働いていると、認知症の方々と関わる機会が非常に多いです。
認知症が進むにつれ、ご本人と家族のそれまでの関係性が歪んでいってしまう現実を目にすることがあります。
認知症当事者・介護者どちらの立場でも読める小説に出会いました。
認知症体験小説ともいえますし、認知症介護小説ともいえます。
小説には、実際の新聞記事が各所に引用されています。
認知症が社会問題になり、世間の関心が寄せられていることが強く伝わります。
「老乱」 久坂部羊 著
著者の久坂部羊(くさかべ よう)氏は大阪大学医学部卒の医師。
外務省の医務官として勤務したあと、高齢者を対象とした在宅訪問診療に従事していたそうです。
「老乱」あらすじ
薬剤メーカーに勤める知之、妻の雅美は、2人の子どもとともに暮らしています。
雅美が「認知症列車事故 遺族に責任」という新聞記事を読み、不安になるところから物語は始まります。
有名な認知症者の家族がJRから訴えられたあの事故。
詳しくはこちらを参照ください。
知之の父、78歳になる幸造は、妻を4年前に亡くし独り暮らし。
幸造がちょっとしたトラブルを起こします。
幸造がフェンスを乗り越え、電車の線路に入ってしまい、連れ戻そうとした駅員ともみ合いになり、警察を呼ばれたのです。
「もしかして、お義父さん、はじまりかけているんじゃないかしら」
「何が」
認知症をさしていることはわかっているはずなのに、雅美は思います。
現実的な雅美と、現実から目を背けようとする知之。
小さなトラブルが重なり、雅美の不安は徐々に大きくなっていきます。
一方、幸造はというと、身の回りの家事をこなし、体操をして、ノートに日記をつけ、漢字の書き取りをしてボケない努力をしています。
朝ごはんを作ろうとして鍋を焦がしてしまうなど失敗を繰り返すように。
たずねてきた、知之と雅美に日付を聞かれたり、孫のことをたずねられたり、試されているように感じ、馬鹿にされたと腹を立てる幸造。
しかし、幸造の日記は少しずつ、文面がくずれ、ひらがなばかりが並ぶようになっていきます。
車の運転をどうするか。
散歩なのか、徘徊なのか。
遠方に住む、幸造の娘であり、知之の姉の登喜子も巻き込み、「自由と安全は両立しない」問題が続きます。
幸造は「自分がおかしくなっているときがある」と自覚はあるものの、でもまだ大丈夫と、どこかで信じています。
嫌がる幸造をどう説得して、専門病院を受診し、介護認定を受けさせよう、画策する雅美。
幸造の認知症状は容赦なく進んでいきます。
独り暮らしを続けていくのは無理。
だが、子どもが引き取って、同居するのも難しい。
公的な施設には簡単に入れない。
私的な施設には入れるが、多額のお金が必要。
幸造が暮らしてきた、知之の実家でもある、家を売るしかないのでしょうか?
そんな悩ましい状況で、また警察沙汰となるような大きなトラブルが起きて…。
幸造はどうなってしまうのか。
歪んでしまった、夫婦関係は修復可能なのか。
最後まで、目が離せない展開が続きます。
老乱 感想「自分の認知症に気付く恐怖」
認知症の当事者の立場になって読んでみると、本当に切ないです。
今までの自分なら絶対に起こさなかったような失敗体験が続き、子どもに知られて叱責され、プライドがどんどん削られていってしまう。
認知症当事者は「何もわからなくなってしまうから、幸せだ」と言ったりしますが、一気に進んで、何もわからなくなってしまうのでは決してないんですよね。
「長く生きすぎた!」「もう消えてなくなりたい」「だれもたすけてくれない」
徐々に自分の変化を自覚しながら、症状が進んでいくのは、どれだけ怖いことだろうと感想をもちました。
認知症小説 認知症介護小説「老乱」 まとめ
最後に近い部分で、久坂部氏の認知症へ考え方が登場する医師の口を借りて、「認知症介護の一番の問題」として語られます。
非常に共感できる考え方でした。
認知症に関わる方にはぜひ読んでほしい小説です。
以前に久坂部羊氏のデビュー作である「廃用身」を読みました。
麻痺した四肢を切り落とす処置を手がける医師の話です。
こちらも非常に考えさせられる作品です。
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