介護分野で働くSTのツムジです。在宅やサービス付高齢者住宅等を訪問して、言語や嚥下の支援を行っています。
「STじゃなくても、みんなコミュニケーションについてもう一歩ふみ込んで考えてみてもいいんじゃない?」
「失語症や認知症のように理解力そのものを低下させる要因以外にも、理解を妨げる要因はたくさんあるからぜひ考えてみようね」というお話です。
先日、職場で症例検討をしていたときのこと。
症例を提示したのはデイサービスを担当している、中堅の作業療法士(OT)でした。
症例のBさんは脳梗塞の既往のある高齢男性。
目標は主にトイレでの車いすから便器への移乗動作の介助料軽減。
デイサービスでは他の利用者も使用するので、実際のトイレを使える時間が限られる。
平行棒を使い、鏡を見て姿勢を修正しながら、テープでつけた印をまたぎ越し、重心を移動させる練習をしている。
麻痺側の下肢を一歩出すことを意識するよう声掛けをしている。
こんな練習方法でいいのでしょうか?というのが検討内容でした。
練習場面の動画も少し見せてもらいました。
私は練習内容の妥当性については正直よくわかりませんでした。
ただ、一点ひっかかりました。
OTがBさんの状態の補足説明をするときに言った、
「Bさん、なかなか指示が入らないんですよ」ということばでした。
Bさんの「指示が入らない」について、OTに質問しました。
指示が入らないというのはどういう意味ですか?
えーと、まず難聴があるので、耳元で大きな声で指示するように聞いています。
誰から聞きました?
ケアマネさんからの情報に書いてありました。
そうなんですねー。実際には聴こえていなさそうですか?
うーん、小さい声でもぽっと聴こえるときもあるんですよね。
環境によって、変わるということ?
…環境?
例えば、トイレの中のような刺激が少ない環境だと聴こえやすそうだなあとか?
はい、ありますね。トイレのなかだと指示が入りやすい気がします。
難聴も確かにありそうですけど、指示が理解されない、その他の要因を考えてみたことはありますか?
よくわかりません。認知症で理解されないと思っていました。
「指示が入らない」
この表現、PT、OT、NS、介護スタッフ、みんなよく使います!
私は「指示が入らない」というこの表現、好きではありません。
「指示が入らない」を言い換えると、「こちらの言うことが相手に伝わらない」という現象を示していますよね。
STでこの表現を使っている人は、少なくとも私の周りにはいません。
なぜSTがこの「指示が入らない」を使わないのでしょうか。
それは「こちらの言うことが相手に伝わらない」現象の裏側には様々な要因があるとSTはわかっているから。
Bさんで考えてみることにします。
「こちらの言うことが相手に伝わらない」Bさんの要因
- 聴こえにくい
- 音としては聴こえているが、ことばの聴き取りができない
- 聴く姿勢ができてない
- 聴くべき指示に注意がむかない
- 聴こえているが、理解できない
さらにそこから考えられる要因の可能性。
- 聴こえにくい←聴力が低下している・耳鳴りがある
- 音は聴こえているが、ことばの聴き取りができない←語音弁別能力の低下がある
- 聴く姿勢ができてない←運動に注意がむいてしまっている
- 聴くべき指示に注意がむかない←目に入る刺激や周囲の雑音に注意が逸れている
- 聴こえているが、理解できない←失語症や認知症のため、理解力が低下している
おそらく「指示が入らない」と言っている方は、5.理解力が低下しているの意味で使っている場合が多いのではないかと想像します。
よくよく聞くと、実際には1~4の評価をすっ飛ばして、5.理解力が低下していると決めつけていることが多いのです。
よく評価できていて、1.の難聴には気づいている程度。
たんに1.聴こえにくい状態であれば、補聴器を使うことで聴こえを助けることができます。
が、2.加齢によって高音域の聴力が下がり、語音弁別(ことばを聴き分ける能力)が低下してしまうと、補聴器で音を大きくしても、会話の聴こえがよくなるとは限りません。
Bさんは、1.難聴も5.認知症による理解力低下もあるのかもしれません。
OTもそれであきらめてしまっている様子でした。
でも、話を聞いていると、3や4の問題を引き起こす、注意障害もありそうです。
3.運動に注意がむいてしまっている
→運動しているときに声をかけても、聴けない
4.目に入る刺激や周囲の雑音に注意が逸れている
→自分に必要な情報(視覚+聴覚)を全体から選択できていない
理解力そのものを向上させるのは難しくても、指示が理解されやすい環境を整えることはできます。
3.運動に注意がむいてしまっている
→一度、運動をやめて、こちらに注意を十分にひいて声をかける
4.目に入る刺激や周囲の雑音に注意が逸れている
→パーテーションで区切る、人の出入りが少ない部屋でドアを閉めて行う
また、環境だけでなく、OTからの指示の仕方も、簡潔に1つずつ指示をする、状況理解(視覚情報を利用する)など工夫できることがあります。
実は、Bさんの注意障害の可能性については、他のスタッフからも疑問があがりました。
平行棒を持ちながら
鏡で姿勢を修正しながら
テープの印をまたぎ越しながら
重心を移動させながら
麻痺側の下肢を一歩出すことを意識するよう声掛けをしている
これだけの複数同時処理は注意障害がありそうなBさんには難しいかもしれないねというアドバイスでした。
たしかにその通りですね。
「指示が入らない」要因について、少し掘り下げて考えてみました。
「指示が入らない」で片づけてしまわない。
もう一歩ふみ込んで、なぜ指示が理解されないのかを考える。
要因に対し、対応を考える。
面倒なように思いますが、この過程をふむことで、双方の伝わらないイライラを解消できます。
話し手、聞き手、お互いがWIN-WINです!
コミュニケーションは人との関わりの根幹部分なので、絶対におろそかにできません。
コミュニケーションには理解と表出がありますが、表出に比べて、理解は外から見ているだけではわかりにく特性があります。
環境や声のかけ方等を工夫していきながら、理解の度合いの変化を追うというような、細かなアプローチが必要です。
ST以外の方にもコミュニケーションについて考える機会をもってほしいと思います。
でも、一歩ふみ込んで考えるって、コミュニケーションに限ったことではないと思いませんか?
例えば「あの人、認知症だから」で片づけていることありませんか?
認知症はただの症状(症候群)です。
なぜできないのか、なぜこうなってしまうのか、考える過程をすっ飛ばして、「認知症だから」とラベルを貼るだけでは問題は解決しない。
同じことだと思います。
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