STツムジ@介護分野です。嚥下障害や言語障害のある方のお宅を訪問している言語聴覚士です。
認知症の男性が線路に入って電車にひかれて亡くなられ、その責任をめぐって、鉄道会社が認知症の男性の家族を訴えた裁判。
興味をひかれて、経過を追っていたこの裁判の記録が書籍として出たと知り、読みました。
「認知症鉄道事故裁判 閉じ込めなければ罪ですか?」 高井隆一著
亡くなられた認知症男性の長男(高井氏)が被告の裁判。
被告であり、家族でもある立場で書いています。
お父さんを事故で亡くして、半年経った頃、JR東海から突然<配達記録付封書>が「ご遺族様」宛に届き、損害賠償請求が始まり、訴訟を起こされ、8年間も裁判が続いたそうです。
裁判の経過 あらすじ1
裁判の経過をざっとまとめてみます。
平成19年、認知症で徘徊症状がある91歳の男性(著者の父親)が電車にはねられ亡くなり、JR東海が遺族に720万円の損害賠償支払いを求めました。
男性は要介護4で、85歳の妻(要介護1)と同居、長男夫婦とは別居。
男性は妻と介護のため訪れていた長男の嫁が目を離したわずか6~7分のあいだに家を離れてしまいました。
第1審では 妻と長男に720万円支払い命令 妻にも長男にも責任を認定
第2審では 妻に359万円支払い命令 妻は責任あり・長男には責任なしと認定
最高裁では 棄却 妻にも長男にも責任なしと認定(JR東海側の逆転敗訴)
この訴訟の争点は認知症者を介護する家族の監督義務でした。
民法714条では、認知症などで責任能力のない人が損害を与えた場合、被害者救済として「監督義務者」が原則として賠償責任を負うと規定しているそうです。
高齢で要介護1の認定を受けていた妻、長期間同居していない長男に責任を認定した、第1審、第2審に批判的な意見が上がりました。
最高裁の判決は妻・長男ともに責任なしの判決が出ました。
しかし、認知症のある方を介護している家族の過酷な現実がようやく認められての判決だったように思います。
認知症の方を24時間監視することはできるのか? あらすじ2
亡くなられた男性が、1人で外に出てしまったのは、デイサービスから帰って30分程したときだったといいます。
男性の妻が同じ部屋にはいたのですが、少しのあいだ、うとうとしてしまったようです。
妻は85歳でしたが、夜間は男性の見守りをしていました。
男性の外出防止のため、男性が玄関に近づくと、妻の枕元のチャイムが鳴るようになっており、熟睡できない日々でした。
男性と妻がいた部屋は、男性がかつて不動産業をしていた事務所でした。事務所には防犯対策で、人感センサーとチャイムが設置されていましたが、けたたましい音が鳴ること、室内で飼っていた犬にも反応することなどから、チャイムの電源を切っていたそうです。
ご家族は、男性の状態を近隣の交番に説明し、協力を依頼し、洋服等に連絡先を書いた布を縫い付けました。
夜間の外出防止のため、玄関出入口の施錠方法を工夫したり、門扉にチェーンを巻き付けて南京錠をつけたりしましたが、男性が開けることに固執してしまい、かえって危険だと考え、施錠を中止していました。
ご家族は様々なことを考え、試しています。
うまくいかなかったことも、不十分なこともあったかもしれません。
が、そもそもJR側が「認知症の方の家族が常に目を離してはいけない」を主張していることが現実に即していないと思います。
行動の予測がつかない、認知症の方を24時間家族が見張っていることは不可能だから。
現実問題として、拘束や監禁でしか、実現できないことです。
感想 裁判経過から感じたこと
裁判の経過を見ていると、高井さんのご家族だったから、勝てた裁判だったのではないかと感じました。
「ご家族で話し合い、介護の体制を整え、介護に手を尽くしていたこと」
ここが一番大きいと思います。
他にも
専門の医師の診察を受けていたこと。
他にも長男が弁護士と関わる仕事をしていたこと。
長女が介護の仕事をしていたこと。
など、高井さんのご家族だからできる主張が多く、一般の家庭であれば勝ち目はなかったのではないかと思われます。
そもそも訴訟を起こさず、賠償金を支払ってしまう家庭も出てくるかもしれません。
時代の変化
事故が起きた、平成19年には一般的でなかったGPS機能のついた徘徊感知器が現在は開発され、レンタルできる体制が整っています。
市町村によっては、認知症の方を対象に無償で貸し出ししているところもあるようです。
GPSの位置情報サービスで居場所を確認し、緊急対処員が駆けつけてくれるサービスも出てきています。
認知症の方の事故を完全に防ぐことは本当に難しいのですが、できるだけの対策をしておきたいですね。
靴につけられるGPS装置の紹介です。こちらも参考にどうぞ。
「認知症鉄道事故裁判 閉じ込めなければ罪ですか?」まとめ
高井さんはこう書いています。
ここに書かれていることを決して他人事と思わないでください。
認知症の人は増加しており、認知症の人が不幸にして鉄道事故で亡くなるケースが後を絶ちません。JR東海は最高裁判判決後、<真摯に受け止める>としながらも、<会社財産を守る観点から今後も損害賠償するのが基本>と請求する姿勢を変えてはいません。
今後も認知症の方が鉄道事故を起こし、鉄道会社に賠償を求められるケースは起こってくると思います。
そんな場合の指南書としても生かせる本であると思います。
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