「じっと手を見る」あらすじ&感想 さみしさと息苦しさに覆われる介護系恋愛小説

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STツムジです。「食べる」「話す」のリハビリテ―ション専門職です。子どもの頃から、本を読むのが大好き。今でも小説を中心に月に10冊は読んでいます。オススメの医療・介護系の小説を紹介しています。

今まで介護系の小説を紹介してきましたが、全て、家族介護の視点から書かれたものでした。

特養の夜勤中に徘徊する認知症のおばあちゃんをなだめたり、一度に二十人近い利用者を入浴させるため熱中症になりかけたり、利用者に胸を触られたりするなど、介護する側からのリアルな視点で介護が描かれています。

 

「じっと手を見る」  窪 美澄 著

連作短編小説です。

介護小説といっていいのか、正直ちょっと迷います。

主な登場人物の4人のうち、3人が介護職に就いているのですが、いわゆるお仕事小説(職業小説)ではありません。

主軸は登場人物たちの恋愛を中心にした生き様にあるように感じたので、介護系恋愛小説と勝手に位置づけました。

本作は、第159回の直木賞の候補作に選出されました(受賞は逃しています)。

 

窪美澄(くぼ みすみ)氏は、2009年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞し、注目されました。

受賞作を所収した「ふがいない僕は空を見た」で2011年山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞第2位にも選ばれました。

私は「ふがいない僕は空を見た」も読みました。性的表現が含まれますが、決して汚らわしいみだらな雰囲気ではなく、女性が読んでも不快ではないジャンルの官能小説だと思いました。

本作にも、性的な場面は何度も登場しますが、自然でリアルな生活の一場面として違和感はなかったですね。

 

「じっと手を見る」 あらすじ

富士山をのぞむ田舎町に住む、介護職の日奈と海斗は専門学校の同級生で元恋人同士。

仕事をして、休日はショッピングモールに行くことだけが楽しみであった日奈の前に、東京から仕事でやってきた男性、宮澤が現れる。

宮澤に急速に惹かれていく日奈。

だが、宮澤には東京に妻がいることがわかり…。

一方、日奈のことを忘れられない海斗は、理由を作っては日奈の家をたびたび訪れる。

海斗は同じ職場で働く、シングルマザー畑中にアプローチされて…。

 

数年後、海斗はケアマネージャーの資格をとり、日奈は遠く離れた地で訪問介護の仕事をしていたが、それぞれの事情はまた大きく変わり…。

 

本の帯には「このさみしさから救ってくれるのは誰?」

「追いかける女、とどまる男、甘えない女、変われない男」と書かれています。

4人の登場人物を表す非常に的確に表現だと思いました。

 

「じっと手を見る」 感想

全体の印象としては、単調にくり返される刺激の少ない田舎の地味な生活、介護の仕事を通して老いを目の前に突きつけられる現実から来る、逃げ場のない息苦しさに押しつぶされるような気持ちになりました。

 

主軸は恋愛といいましたが、介護に仕事についての記述にやはり目が行きました。

介護の仕事は、どこかで感情のスイッチを切らなければ続かない。

中略

今年の春も四人の新人が入ってきて、すでに二人やめた。

そりゃそうだ。

若いやつらにとって楽しい仕事じゃない。

毎日、毎日、皺だらけの老人に囲まれていれば気も滅入る。自分が世話していた利用者が死んでいくことも多い。だけど、確実に食べられる。自分の価値とか、仕事のやりがいとか、そんなことにこだわっているやつらほど、時間をおかずにここを離れていく。自分はこんなところにいるべき人間なんだ、と割り切るまでには、俺だってずいぶん時間がかかった。いや、今だって割り切れてはいないのだ。

 

強い責任感をもって介護士になった人ほど、すぐに燃え尽きて、現場から消えていった。人材不足とはいえ、新しい介護士は入れ替わり立ち替わりやってくる。けれど、仕事に対する熱は、すぐに現場に吸い取られ、その人自身をも壊していく。現場の問題は何も解決されないままで。

介護職の離職率の高さ、人材不足が書かれています。

やりがい搾取の現場であることもわかります。

 

以前、こちらにも書いたのですが、あおいケアの加藤氏が言われていました。

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中高生が介護の仕事をしたい理由は

「人の役に立ちたい」か「おじいちゃんおばあちゃんが好き」のどちらか。

でも、そういう子たちは実際には介護の仕事に就かない。

「危ないから座っていて下さい」
本人ができることを奪い、回復を目指さない介護の現実。

優しい子ほどつらくてできない。

 

やりがいを保ちながら、働き続けることも難しさを感じますね。

 

「おねえさんみたいな仕事、私は絶対したくない」

振り返ると、部屋の入口に愛美璃が立っていた。

「おばあちゃん、早く死ねばいいのに」

そういう言葉を聞いたことがないわけではない。施設で働いているときだって、家族に面とむかってそういう言葉を放つ人を何度も見てきた。私だって仕事をしながらそう思ったことはある。けれど、介護の仕事に携わる時間が長くなるほど、生の終わりの決定権を誰一人持ってはいないことを思い知らされる。介護をされている三好さんにもその権利はない。自分の仕事は、死を看取るのではなく、死までの長い時間にほんの少し寄り添うことだけだ。

介護の仕事は死と直結しています。

夜勤中に利用者さんが急変する緊迫した場面などもあります。

死へむかう段階に寄り添うことが仕事、強いメンタルを持っていないとできないのではないかと思います。

 

恋愛系介護小説 じっと手を見る まとめ

恋愛ストーリーに身をゆだねるもよし、介護士の立場で介護の現状にうなずきながら読むもよし。

どちらの視点でも読める小説です。

心が疲れたときには、いっそのこと、さみしさや切なさにどっぷりつかってみるのもいいですよ。

わざと自分を深く沈めることで、反対に浮き上がれることってありますからね。

 

コメント

  1. […] […]