「脳が壊れた」感想  ルポライターが経験した高次脳機能障害の急性期

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脳が壊れた ブックレビュー

STツムジです。高次脳機能障害や嚥下障害などのある方のお宅を訪問してリハビリテーションをしています。

見えない高次脳機能障害の世界を当事者がうまく言い表すことは非常に難しいことだと思います。

ルポライターの鈴木大介さんは41歳で脳梗塞を起こし、高次脳機能障害となりました。

鈴木さんはさすがのライターの筆力で、急性期の奔流に押し流される高次脳機能障害をユニークに表現しています。

このようにクスクス笑いながら読める高次脳機能障害の本は今までありませんでした!。

 

「脳が壊れた」鈴木大介著 

2015年初夏、鈴木さんは右脳に脳梗塞を発症しました。

左半身の麻痺は軽度、構音障害(発音が不明瞭になること)も軽度だったようです。

脳外科病院に緊急入院し25日間を過ごします。

回復期病院へ転院し、入院から50日ほどで自宅退院したそうです。

発症からおよそ1年後の2016年6月にはこの本が初版されています。

 

左半側空間無視の言語化を試みる

鈴木さんは入院翌日、主治医からの病状説明で、脳卒中後の後遺症の高次脳機能障害のなかでも比較的ポピュラーな「左半側空間無視」の症状が出ていると知ります。

そして、しばらく左半側空間無視の世界を経験したのち、症状の当事者感覚を説明しようと試みます。

 

僕本人の認識としては、首が回らないわけでは決してなく、どちらかと言うと「左方向を見てはならない」という強い心理的忌避感、障壁がある状態なのだ。

だがここで諦めては著述業の名折れ。なんとかこの感覚を言語化しようとして、色々と考えて末に「こんな感覚だ!」と自分の中で腑に落ちたのは、こんな表現だった。

「視界の左側に猫の轢死体が転がっている」。もしくは同く左前方に、親しい友人の女性や、僕の尊敬する大好きな義母(妻の母)が「全裸で座っている」感覚。

ね、ユニークだと思いませんか?

私の感覚としては、半側空間無視の患者さんは、無視側を完全にないものと決めているように見えていたのですが、鈴木氏の感覚は「見てはならないと障壁がある」とはずいぶん違うものですね。

 

回復の過程を言語化すると

一般的には発症から6か月ほどで回復はほぼ停止。

残った障害は「固定」されると言われることが多い。

しかし、鈴木さんの感覚は違ったようです。

発症直後に大きく回復を見せるのは当然だが、そこからの回復は「階段状」で、しばらく回復が止まっているなあと思っていたら、ある日突然やれなかったことがやれるようになっていることに気付く。その頻度は徐々に低くなっていくが、病後半年以上経ってからも非常に穏やかに回復は続く。

階段状に感じるのは、気づかないほどに緩やかな回復が水面下で続いていて、それを認識したときに一気に回復したように感じるからだろう。中には変化が微細すぎて、回復したことで不自由になっていたことを後から気づくような障害もある。

在宅のリハビリテーションをしていると、脳卒中後の利用者さんを長期的に担当することがありますが、鈴木さんの感覚は私の感覚と近いなあと思いました。

 

高齢者中心のリハビリに感じるジレンマ

鈴木さんはリハビリ室に高齢の患者があふれている様子を見て感じました。

記者活動を通して、「なぜ日本はこうまでに子どもに金をかけない国なのだろうか」とう憤りをもっていると前置きしてから、リハビリスタッフへの想いを語ります。

「これほどに優れた人材が医師の指示下でしか動けず、退院してもすでに生産に寄与しない高齢者のためにそのスキルが浪費されているのは、いかがなものでしょうか」
「これは若者や子どもの貧困が広まる中、高齢者ばかりが優遇される老尊若卑な現代日本の縮図ではないでしょうか」
「僕は同じ医療費を払うなら、病院や医師ではなくあなた方リハビリの先生に払いたい」

リハビリ職の立場からすると、うれしいような、もったいないようなことばです。

発達障害や精神障害を抱え、社会から孤立し、貧困に悩む若者たちを取材してきた、鈴木さんだからこその視点だと思います。

 

鈴木さんが脳梗塞で最も苦しんだのは、退院をして自宅に戻ってからだといいます。

なかでもつらかったのが「話しづらさ」でした。

構音障害は軽度のはず、なぜでしょう。

 

話しづらさの原因は三段構え

鈴木氏が自分の「話しづらさ」を分析しています。

その要因は三段構えだと気づきます。

 

一段目は、構音障害。

二段目は、感情失禁。

三段目は、注意障害。

 

この辺りは、言語聴覚士の分野で「右半球症状」としてざっくりと学んできた内容を、もっと細かくご自分で分析されているように感じました。

特に二段目と三段目の症状が複雑にからみあっています。

 

「話せない」症状の分析は、「脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出」で再度、書かれています。

 

こちらでは発症から3年弱が経ち、他の症状が落ち着いてきても、残り続けた症状として「話せない」ことが取り上げられています。

発症からの経過のなかで「話せない」ことをどう表現するかも変化しています。
読み比べてみるのも興味深いと思います。

 

よろしければこちらもどうぞ。

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高次脳機能障害と発達障害は共通点が多い

鈴木さんは自らが高次脳機能障害をおったことで、大人の発達障害当事者の妻のつらさが初めてわかったと言います。

妻には「ようやくあたしの気持ちが分かったか」と言われたそうです。

原因が脳梗塞・脳出血であれ、脳外傷や先天的障害であれ、脳を壊した人間の感覚やパーソナリティーの表出には、共通性があると気づきます。

「大人の発達障害」の妻との関係については、こちらに詳しく書かれています。

 

「脳が壊れた」まとめ

高次脳機能障害のイメージが画として想像できるようになるだけでなく、鈴木さんの独特な表現を堪能できる読み物としても十分におもしろい本でした。

身近な困っている高次脳機能障害者を支えたい方、これから高次脳機能障害を学びたいという方に役立つことは間違いないと思います。

 

コメント

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