「脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出」感想 高次脳機能障害はこんなにおもしろい

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STツムジです。言語障害や高次脳機能障害の方のお宅を訪問してリハビリテーションをする言語聴覚士です。

高次脳機能障害って、こんなにおもしろいのか。

不謹慎かなとちょっぴり後ろめたく感じながらも、そう思ってしまいました。

ルポライターが書く高次脳機能障害は斬新で独創的です。

 

「脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出」 鈴木大介著

鈴木さんの前書「脳が壊れた」では、鈴木さんが41歳、2015年の脳梗塞発症から退院後までの経過が主に書かれていました。

本書が書かれたのは発症からおよそ2年半。

前書にプラス数年分の高次能機能障害の変化や、高次脳機能障害への対策や工夫がより掘り下げられています。

 

本書で多用されるワードに「脳コワさん」があります。

高次脳機能障害である鈴木さん、いわゆる大人の発達障害さんである鈴木さんの妻、鈴木さんの取材対象であった精神疾患や薬物依存症の人たち。

脳がダメージを受けて、高次の脳機能が不全になる点は同じで、できなくなるころ、苦手なことも共通していると鈴木さんは考えます。

その大きな枠での脳機能障害をもつ人を表すことばとして「脳コワさん」(鈴木さんの妻が命名)が使われています。

 

鈴木さんは自分も「脳コワさん」になれたことを僥倖(ぎょうこう=思いがけない幸い)だと言います。

これで妻や取材対象としてきた方々の気持ちがわかるに違いないと思ったからです。

現実には僥倖というには高次脳機能障害の世界はあまりにつからったそうですけどね…。

 

これだけすばらしい表現力のある方が高次脳機能障害の当事者となって、言語能力が残存し、内側から高次脳機能障害を伝えてくださっていることが、私たち読者にとっての僥倖だと思います。

 

「脳は回復する」感想 高次脳機能障害いろいろの独創的表現

実際に高次脳機能障害者に会ったことがない方が高次脳機能障害をイメージするのは本当に難しいことだと思います。

 

発症から2年半後に鈴木さんの残った障害は以下のものだそうす。

  • 注意障害
  • 情緒の脱抑制
  • 作業記憶の低下
  • 脳の情報処理速度の低下

そして上記が絡み合った結果としての

  • 遂行機能障害
  • 離人症(的症状)
  • 心因性失声
  • いくつかの種類のパニック

 

これも何だか難しいですよね。

この難しい鈴木さんの高次脳機能障害の症状を鈴木さんの妻が命名するとこうなります。

  • 井上陽水
  • 架空アイドル現象
  • 夜泣き屋だいちゃん
  • 口パックン
  • イラたんさん
  • 初恋玉

 

え?なになに?どういこと?

ぱっと見るとふざけているようですが、中身は意外と深いんです。

発達障害をもつ妻は高次脳機能障害の本質を見抜く目をもっていた(のかも)!

これらの命名は、症状を的確に表すことばが存在しない場合や、症状が複合的で一つのことばで表しきれない場合に、なるほどなあと思わせてくれます。

 

架空アイドル現象ってなんだ?

これは鈴木さんが脳梗塞後に「人ごみが歩けなくなってしまった」症状をさしています。

もちろん、命名者は鈴木さんの妻です。

 

スーパーマーケットやショッピングモールの通路、駅構内などの多くの人が行きかう場所で一歩も歩けなくなってしまうことがたびたび。

向かってくる人を左右どちらに避ければいいのかわからない。適切な位置取りができない。他の人がわざと自分にぶつかってくるように感じる。

いったん立ち止まれば、再び歩き出すタイミングがわからない。

不安といらだちで、しゃがみこむか頭を抱え込みたくなる。

 

この症状の訴えを聞いた、妻が命名したのは「架空アイドル現象」なのだそうです。

 

「妻よその言葉、相変わらず意味がわからんよ」

「だって、他人がみんな自分めがけて寄ってくるんでしょ?キャーって言いながら。寄ってくる人に囲まれて、なんか自意識過剰で自分がアイドルだって妄想してる奴みたいじゃん。そんなん架空アイドル現象でいいよ」

ご夫婦の会話です。

ちょっとずれている解釈ではあるけど、イメージしやすいからいいよ。

うん、現象としては正しいかもしれない。

 

この症状への対策は

①ひとりで出かけない!

常に妻と一緒に行動する。架空アイドル現象が起きたときには手をひいてもらう。

②三種の神器を使う!

症状が起きるのは、人ごみを歩くことに加えて、音や光など脳内に入ってくる情報が多いとき。

→多くの情報から必要な情報を選択できない。

→すべての情報を受け入れて、結局すべての情報を処理できない。

→情報を制限すればよい。

→三種の神器登場!

耳栓で音を、サングラスで光を、ツバのあるキャップで見る必要のないものを排除。

→キャップのツバの下に見える対向者の足元さえ見ていれば、人にぶつからずに歩くルートに専念できる。

 

お気づきの方も多いと思いますが、三種の神器は感覚過敏のある発達障害の方もよく使われる、環境調整法(刺激を制限する方法)なんですよね。

 

あとがきに鈴木さんが書いています。

執筆に当たっていくつかの脳コワ関連の本を読み漁る中で、少々目から鱗の体験をした。多くの脳コワさんに有効な支援メソッドが、そして僕の書いた苦しさの緩和や環境調整に共通するメソッドが、すでに「出尽くしている」に近い分野があるのだ。

それが、発達障害者の支援メソッドである。

少なくとも高次脳機能障害に有効な環境調整のアイディアは、ほぼ全て発達障害の当事者支援の中で定着しているものばかりに感じた。恐らくそれは、その他の多くの脳コワさんにも役立つメソッドの蓄積だろう。

 

高次脳機能障害者を支えようという方は、一度、発達障害の環境調整を当たってみるとよいかもしれません。そこから学ぶことは多いと思います。

 

「脳は回復する」まとめ

高次脳機能障害が笑いながら学べる良著です。

高次脳機能障害だけでなく、脳コワさん全体の支援に応用できるヒントがたくさんあります。

 

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